深く考えないで捨てるように書く、また

もう一度、自分自身と、自分の中の言葉と生で向き合う

園長の訓話を聞く

先日、下の娘の幼稚園の入園説明会があった。その時に園長訓話(もう挨拶じゃない、訓話っていうくらい長い。デフォルトで30分時間がとってある)があったのだが、そこで話していたことで、ちょっとメモ。

2つ叱って、3つ褒めてください。

文脈としては、「褒めて育てよ」ではなく、「褒めてばかりではだめ。ちゃんと叱るべきところは叱って、その上で褒めよ」という話。まあ当たり前といえば当たり前の話だ。
最近の親は、子どもの言いなりになることが多すぎる、ということも言っていた。実際どうなのかは他の家庭を知らないので私には分からないが。子どもの言いなりになってばかりでは、親のほうがぶち切れないんだろうか。

幼稚園に入る前や幼稚園くらいの歳で、ぐんぐん伸びます。学校にあがって、花を咲かせ、社会に出て、実がなります。

文脈としては、「だから、まだまだ小さいと思ううちからしっかり教え育ててください。」という話。
が、そのへんは私は話半分で、社会に出て実がなったとき、その実もいろいろなんだよな、と関係ないことを思っていた。
種は残さないけど、食べるととてもおいしい実。食べることはできないけど、とても美しくて人の目を楽しませる実。見かけは悪いし食べることもできないけど、次の芽を生やす種を落とす実。食べられず見た目も悪く種もとれないけど、役に立つ道具をつくれる実。etc.
大事なことは、実を実らせることだ。小さくて格好悪くてまずい実でもいい、とにもかくにも実らせようというスタンス。