深く考えないで捨てるように書く、また

もう一度、自分自身と、自分の中の言葉と生で向き合う

「公平・公正の基準」補足

id:suVeneさんよりこちらの記事トラックバックをいただいたので、若干補足を書きます。
公正さについて - suVene?

公平とか公正とかいうのは、多角形の重心みたいなものじゃないかと思っている。どの頂点にも、決してそれは存在しない。

公平・公正の基準 - 深く考えないで捨てるように書く

この、「多角形の頂点」というのが、各個人や勢力が考える「公正さの基準」だという前提だとして、「公平とか公正とかいうのは、多角形の重心」というところが納得できない。

公正さについて - suVene?

「多角形の頂点」は、「公正さの基準」ではなく、「公正さの基準」を作るベースとなる「個々人の利害そのもの」を想定していました。
この想定でいくと、例えば2人の人間がいて、純粋にその2人の間だけを考えれば、その片方だけの利益が100%融通される状況は公平とはいえない、と感じます。裁判などでは二者のどちらかが完全に勝訴という場合はありますが、それは実は二者間だけでなく、直接裁判と関係しないその他の多くの人々の利益融通も考慮したうえでの判断ですから、一見片方だけに偏っているように見えても、実はそうではないはず。
そういうイメージでした。


当該記事のコメント欄にも書いたように、この件について引き続き議論をする考えはありません(というより自分の引き出しの中に議論を続けられる材料がない)ので、この解釈の差異のみ記載させていただきました。