深く考えないで捨てるように書く、また

もう一度、自分自身と、自分の中の言葉と生で向き合う

からだの値段

脳死を含む死体からの臓器提供、0円。提供するしないに関わらず、死を迎えた時点で、その後は焼かれて灰になるしかない、そのまま放置しても基本的に使い道のないものであるということもある。


生体からの提供。
血液(献血)、0円。
骨髄、0円。
腎臓、0円。
精液(AID)、0円。
他にもあったかな。ざっと思い出すので、これくらい。


臓器そのものは無料とされていて、それは先進国の制度としては当然でもある。フィリピンのように「貧しければ腎臓を売れ」なんて話は、日本でももし臓器売買が可能になったらすぐに増えるだろう。昔の売血はまさにそういうものだったし。


ただ、ドナー側が何も受け取っていないかというと、必ずしもそうではない。
分かりやすいところでは、献血では、最低でも飲み物とちょっとした記念品をもらう。献血ルームなどでは、飲み物飲み放題お菓子食べ放題のところも多い。昔はこれも、図書券プリペイドカードなどをもらったりすることもあったのだが、この手の金銭相当ものを配ることには問題がある、ということになり、せいぜいマクドナルドの割引券(それ自体には金銭的価値がない)程度になった。
臓器提供とはちょっと違うが、病院で亡くなった方が病理解剖の実施を承諾してくださった場合*1、謝意として、若干のお花代を渡すことは慣習として存在する。お花代なので多くて数千円くらいのものだと思う(中を見たことがないので額不明)が、現金を渡していることは間違いない。
AIDの精液提供あたりはどうなのだろう。ドナーの多くは大学の学生らしいのだが、若干の謝礼くらいないと、ドナーが応募しないんじゃないかという気もする。「誰かの命を救える」というほどのモチベーションはないし、自分の与り知らぬところで自分の血をひいた人間が存在する、というリスクも負うわけだから。詳しくは知らない。


そんなことを考え出したのは、このあたりからなのであった。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2007/04/19/20070419dde001040034000c.html
有償を希望する人が多いということだが、やはり有償にするのは難しいだろうな。人の身体の一部そのものに値段をつけることが難しい。提供という行為への謝礼だとしても、上記の謝礼の類も、レシピエントから直接出ているわけではなく、医療技術とをもって関わる機関(献血ならば赤十字、とか)からなのだ。何十万もは無理だろう。
ただ、身体の値段ではなく、生活の制限・拘束への値段というものは存在する。雇用のようなものだと考えればいい。それでも何十万はありえないな。

*1:つまり献体。ただし医学部のカリキュラムで行われる系統解剖と異なり、短時間で終了し、ご遺体は外見は通常と同様で帰り、すぐに通常と同じタイミングで葬儀を行うことができる。