深く考えないで捨てるように書く、また

もう一度、自分自身と、自分の中の言葉と生で向き合う

思い出した、ある外科医師の言葉

昔聞いた言葉を思い出した。
自分の仕事は医療系だったのだが、その職業につくため、大学に通っていた頃のこと。
ある外科の教授がいた。その教授の専門は肝移植。当時はまだ国内では脳死移植に関する法は制定されていず、和田移植以来の暗黒時代のただなかだった。そんな中、自身で講座を持ち、研究室の若手を留学させて手技手法を身につけさせ、犬などを使って移植の練習を続け、いつでも国内で脳死移植が行われても対応できるよう、研究と鍛練を続けていた。学会でも一定の地位にある人だった。
そんな中、他大学で国内初の生体部分肝移植が行われ、ほどなく複数の大学で生体肝移植が行われるようになってきた。しかし、我々の大学のその教授は、生体肝移植を行うことはなかった。


当時、たぶん同級生かサークルの先輩と話していて、たまたま「○○教授は生体肝移植はしないのかな? 技術的には十分できるでしょ」とふと言ってみたのだと記憶する。なんにしろ、そのくらいの雑談にまぎれたちょっとした話だった。
その時にその場にいた人が教えてくれた話。誰が教えてくれたかはもう忘れてしまった。


その教授が言うには、外科医師とは、病気になった人の手術をすることが仕事なのであって、健康な人にメスを入れることは正道ではない。生体移植は、健康な人にメスを入れ、健康と機能を損なう。それは他の大学ではやっても自分はやらない、やるのは脳死移植だけだ、と。


あれから20年近くたった。その教授はずっと以前に退官した。ホームページで調べると、彼の退官の直前1〜2年前から生体肝移植を実施しはじめたようだ。そして今はその大学でも生体肝移植を盛んに行っており、また脳死肝移植を行うことのできる指定病院にもなっている。しかし、健康な身体にメスを入れ臓器を切除する、ということは、いかに重い理由があったとしても、どれほど慎重にならなければならないか、そして他の手段でなんとかなるのなら極力回避すべきことだ、という意識は、連綿と続いているのだろう。外来・患者向けのホームページに記載されている文言の各所にそれが見て取れる。


今でも忘れられない言葉。さまざまな移植医療や生殖医療について思いを馳せるとき、この言葉をまず思い出す。