深く考えないで捨てるように書く、また

もう一度、自分自身と、自分の中の言葉と生で向き合う

子を以て親が評価されるということ

子どもや若者が何か悪いことをした、犯罪を犯したなどというニュースが流れると、大抵「親はなにやってたんだろうねぇ」「親がちゃんと育ててなかったんでしょ」という論調が流れる。場合によっては、30代くらいの大人のやったことでも、同様に言われたりする。
日常生活の中でも、そこまでは言われないにしても、子どもがいたずらっ子だったり、ちょっと乱暴ものだったり、いじめられっ子だったり、集団に馴染めなかったり、その他ちょっとした欠点があったりすると、「親が悪いんじゃないの?」と簡単に言われたりする。


だから、今の親は必死になって子どもに精根傾けて、自分の思うように育てようとするんじゃないのかな。
本当は、どんなに頑張っても子は子、親は親。それぞれ独立した人格なんだから、影響は受けたとしても、子の現在のあり方のすべてが親に起因しているわけがない。
しかし、世間はそうは見ない。「子の評価」=「親の、親としての評価」になる。


昔は、子の数が多かったから、そういう傾向はあまりなかったかもしれない。
例えば、5人の子がいて、そのうちの1人がろくでもない遊び人になったとしても、他の4人がしっかりしていれば、「あの親は子育てに失敗したんだよ」とは言われなかったわけだ。
今は、子がいても、大部分は1人か2人。その1人で"失敗"してしまったら、あっさりと「お前は親失格」と言われる、そういう時代だ。


そのうち考えをまとめてもうちょっとちゃんとした文章にしたいと思っている。