深く考えないで捨てるように書く、また

もう一度、自分自身と、自分の中の言葉と生で向き合う

10年の、4分の1

2年半前のこと。

まだ暑さの残る秋口。これもまたひょんなご縁から、何年ぶりかに本格的な仕事をさせていただいた職場が、やむをえぬ事情から閉院となった。

これでまた、仕事がなくなり、平穏で静かな、起伏の少ないゆるやかな日常生活を送れるんだな、と思っていた矢先(そりゃもう本当に数日しかたってないときだ)、さらにその伝で連絡をいただいた。そして、思いもかけず、さらにこれまでの仕事を膨らませた、さらにさらに本格的な仕事をいただくかもしれない、という事態になった。

そんなわけで、唐突に、面接を受ける(受けさせられる)ことになった。それが2年半前。

 

先方は明らかに、圧迫感を与えて自分を上に見せよう、という態度で来ていることは、すぐにわかった。

そりゃまあ無理もない。確かに向こうのほうが上なんだ。雇い主になろうとしているんだし、向こうからこちらは初対面で、どこの馬の骨とも分からぬ相手で、しかも私の力量は全く見たことがない以上、未知数ときたもんだ。

だが、こっちもだから何よ、というところ。ぜひ雇ってください、というつもりでそこにいるわけではなく、むしろ、なんでいったん話がなくなったのに、またそっちの都合で引っ張りだされてるわけ?という気分。もともとご縁のある方々だから顔を立てて面接にも来ているけれど、そこまで是非お願いしたいです、っていうわけじゃない。こりゃだめだな、という感じの話だったら、すみませんが今回のお話はちょっとご遠慮させていただいて……というつもりだった。

 

そんな雰囲気の中で、先方が突然言った。

「先生は、10年後には自分が何をしていると思いますか?」

それを聞いたとき、遠い記憶を探れば、軽くイラッとした、と思い出す。

具体的に何がイラッとしたのかまでは特にないのだけれど、でも、「なんだよその質問は」と思ったのは、確かだな。

あとから思えば、きっと、面接のときにそれを言ったら、戸惑ったり、考え込んだりする人がいたんだろうな。そして、そういう先のことまで、うちは職員に考えてもらいたい……みたいなお説教をかますつもりだったんだ。そういう雰囲気を受け取って、私はイラッとしたんだろう。

で、私は間髪いれずに答えた。

「親の介護をしていると思います」

そこから、実母が認知症で症状が徐々に進んでいること、実父は一応今は元気だけれど心臓のバイパス手術をしていてかなり重い糖尿病でもあること、主人の両親も健在で、今は2人とも元気にしているけれど、高齢で、10年後にどうなっているか保証は全くなく、下手すると4人の介護が実家の長女(他のきょうだいは遠方に嫁した妹のみ)かつ長男嫁の私に全部のしかかってくること、などを話し続けた。

まあ、なぜかそのへんから雰囲気がほどけて、結局面接はつつがなく、穏やかに終わったのだけれど。

 

あれからもう2年半たった。10年の4分の1。

4人の親たちは、なんとか、今も健在。そのおかげで、この2年、私は残り少ない人生の時間をいっぱいにつかって、もう一度社会に出て、これまでの10年とは段違いに多くの人と出会って、つながって、考えて、たった2年とは思えないほど燃えさかった。

(おかげで今は炭になっちゃってるけど)

10年後を考えるのが、もともと私の性格。それで、ここまで50年間、やってきた。

けれど、10年後を丁寧に考えたとて、結局、次の瞬間、何が起こるかわかんないんだよね、というのも、ようやく学んだ。考えたからって、10年後にそれが実際に起こるとも限らないんだしね。

実際、この2年、自分にこんなことが起こるとは想像もしなかったことが次々に起こった。仕事上のスキル、生活上のスキル、対人関係、自分自身の内面の変容、すべてにおいて。

深く考えることと、考えすぎないこと。そのバランス。それは、それだけは変わらず、常に重要である、のかな。